ウェールズの2018年は「海の年」|Wales Now Vol.34

発行日:2018. 1. 25

ウェールズのリアルタイムな情報を隔週でお届けします。

2018年の観光プロモーションのテーマは「Year of the Sea」

2018年のウェールズ観光プロモーションのテーマは「Year of the Sea(海の年)」です。ウェールズには計870マイルも続く海岸線が伸び、そびえる崖に囲まれて何百もの港とビーチが広がっています。その入江には海賊から聖者までにまつわる、幾多もの伝説が語り継がれています。

ウェールズ観光局公式YouTubeチャンネルでは、ウェールズ出身の俳優ルーク・エヴァンズ出演のスペシャルムービーを公開中。新しい冒険を発見してください。

ウェールズ産クラフトジンがUKベストジンに輝く

中部ウェールズ産のクラフトジンが、「Great British Food Awards 2017 」にてUKベストジンに輝きました。受賞した銘柄「POLLINATION」は、ユネスコ生物圏保存地域に指定されるDyfiに位置する小さなファミリービジネスであるDyfi Distillery社が地産の植物を使って仕上げた、香り高き貴重な蒸留酒。同社は環境保全活動とウェールズの自然を生かすジンの生産を30年以上に渡り展開しており、その努力が花咲く結果となりました。


“モスティン家が滅びたらスランドゥドゥノも滅び、
スランドゥドゥノが滅びたらモスティン家も滅ぶ。
そんな関係ですね。”


Lord Mostyn(モスティン卿)。数百年の歴史を持つ私邸モスティン・ホールの前にて。

北ウェールズのリゾート地スランドゥドゥノの海辺は、世界遺産コンウィ城のあるコンウィ村から車で15分ほど距離にある「不思議の国のアリス」の物語ゆかりの地です。この度、数百年の時空を超え、その広大な地一帯を守り続けてきたモスティン家のご子息であるLord Mostyn(モスティン卿)が来日。モスティン家の激動の歴史と今を生きる若き貴族にお話を伺います。

ー Lord Mostyn(モスティン卿)とお呼びしてよろしいでしょうか? 日本語がお上手で大変驚いております。
公の場ではLord Mostynですが、Greggと呼んでいただいて構いません。日本が大好きで何度も来日していますから、日本語は自然に覚えてしまいました。

ー ウェールズの貴族といえば、どんな人生を送られてきたか大変興味深いのですが、生い立ちからご紹介いただけますか?
もちろんです。1984年12月31日生まれで、日本でいう「大晦日」が誕生日です。生まれたところ? もちろん、「病院」ですよ(笑)。家族は、両親と姉がいます。生まれてから18年間、ロンドンで暮らしました。そのあとダーラムの大学へ行き、世界近現代史を勉強しました。英国、ヨーロッパ、アメリカ、中国、そして日本、世界中の歴史を学びました。とにかく歴史を愛しています。「事実は小説より奇なり」と言いますからね。

それと、チェスが得意です。7歳から始めて毎日プレイして、グランドマスターになりました。日本の相撲の世界でいれば「横綱」級ですね。グランドマスターになってからは負け知らずでしたよ。

Lord Mostyn(モスティン卿)
日光金谷ホテルにて

ー 現在お住まいのモスティン家の館「モスティン・ホール」についてお話しいただけますか?
最初に私がモスティン・ホールを訪れたのは、まだ9歳か10歳くらいでした。住み始めたのは23歳からです。それからの10年間は、モスティン・ホールとロンドンを行き来することが多かったですね。

子どもの頃に来た時には、驚くほど大きな屋敷だなとは思いましたが、歴史を学んだ23歳になって改めて訪れた時には、虜になりました。屋敷の中の絵画を中心とした美術品・伝統ある芸術品・工芸品の数々、とにかく至るところに数百年の歴史が刻まれているからです。それで、ここを住まいにしようと決心したのです。

ー 数百年もの歴史があるのですね。
そうです。15世紀頃には、ヘンリー7世が追われてモスティン・ホールに逃げ込んできたことがあります。先祖の AP Richard Howell のもとに、のちのヘンリー7世が敵から逃亡中に逃げ込んできたのです。その数か月後に、1500人もの兵士がやってきて……ボズワースの戦いに突入しました。その後リチャード3世が敗北し、ヘンリー7世がチューダー朝を樹立したという歴史があり、その中に私の先祖も登場しているのです。

ー まるで映画や小説の物語を聞いているかのようです。その後は、どうなられたのですか?
ヘンリー7世から「王宮にはいって臣下として政治に携わらないか?」と誘いを受けたそうです。しかし、北ウェールズから拠点を移したくなかったため、断ったそうです。その後、5つの親戚の血筋内だけで近親婚を繰り返しました。1550年の頃にはウェールズ全体の土地の10%が、モスティン家の所有になりました。長い歴史の中で、税金の問題や結婚の問題があり、一族がある時は大きくなり、ある時は小さくなり、そういうことを繰り返して今に到っているのです。海外ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」を知っているでしょう? まさにそんな世界です。私の一家の場合は、それが現実だったというわけです。

モスティン・ホール
(Photo from http://www.mostynestates.co.uk)

ー モスティン卿は現代においては、スランドゥドゥノの観光大使でもいらっしゃるそうですね。
はい、今回の来日中、某ホテルの「不思議の国のアリス・鏡の国のアリス」フェアを実際に見て、体験しました。アーティスティックで素晴らしかったです。日本で「アリス」がこんなにポピュラーなことには大変驚き、また嬉しく思いました。

ー 複雑なイギリスの歴史を経て、スランドゥドゥノの地とともにモスティン卿の今があるのですね。
モスティン家が滅びたらスランドゥドゥノも滅び、スランドゥドゥノが滅びたらモスティン家も滅ぶ。そんな関係ですね。現在のスランドゥドゥノはとても穏やかで、美しい海辺と小高い山々と、洗練されたベイエリア、豪華でスタイリッシュなホテル群、セレクション豊富でインターナショナルなショッピングエリアと、観光スポットとして見どころ満載のエリアに生まれ変わっていますよ。

これからも不思議の国のアリスの街としての見どころをさらに充実させ、私邸のモスティン・ホールを日本の観光客の皆様にもご紹介したいので、日本の旅行会社を通してぜひ訪れていただきたいです。モスティン卿特製のアフタヌーンティーや、私が自ら案内するツアーやトークなど、日本語で案内できるように頑張りたいです。

曽祖父母の古いアルバムの写真(上)を辿り、モスティン卿が同場所を訪れて撮影した写真(下)

ー ぜひこれからも、不思議の国ウェールズと日本の架け橋としてご活躍ください。
実は、まだお話ししていない「不思議」があるんです。モスティン卿の先祖と日本とのつながりです。数年前、モスティン・ホールの屋根裏部屋で、古い衣装箱から大変古びたアルバムを見つけ、大変驚きました。曾祖父母のものでしたが、なんと、日本の観光名所を訪れた時のモノクロの写真の数々だったのです。曾祖父母たちは、日本へ旅をしていたのです。私が来日する、ずっと昔に。

日光、箱根、奈良、京都など、私は彼らが訪れた観光地一つ一つを辿り、まったく同じシチュエーションで写真を撮影する旅をしました。全くそのままの風景でしたから深く感動しました。何より驚いたのは、日光の金谷ホテルや箱根の富士屋ホテルの宿帳に、モスティン卿の名前のサインを見つけたことです。それで、私はますます日本の虜になりました。そういう経緯もあり、私にとって日本は特別なんです。来年も、来日を予定しています。


“これからはMulti-Material Vehicleの時代がやってきます。”


東京大学生産技術研究所 機械系 柳本研究室/日本学術振興会 特別研究員
トム・テイラー(Tom Taylor)さん

自動車・航空産業等で軽量化素材として導入の普及が進む炭素繊維複合材。そのスペシャリストとして日々研究を重ねるウェールズ・スウォンジー大学卒の若手研究者、トム・テイラーさんに、自身の研究や日本の印象についてお話を伺いました。

ー まずは、テイラーさんの自己紹介をお願いします。
生まれはイングランドのケント州ですが、ウェールズが私の故郷です。6歳の頃に父の仕事の関係でウェールズ第2の都市であるスウォンジーへ移住し、来日するまでこの地に住んでいました。自宅のある海沿いの町Mumbles(マンブル)は風光明媚で、私のお気に入りの地です。

テイラーさんの故郷、Mumbles(マンブル)

大学は学部・大学院共にスウォンジー大学へ進学、博士号も同大学で取得しました。専門は材料工学です。スウォンジー大学は同分野の全英トップ3にランクインするほど、その研究には定評があります。

2010年から南ウェールズ・ポートタルボットにあるインド製鉄大手のタタスチールに入社しました。研究開発部門で自動車向けの強化スチールシャーシの開発に携わりながら、2014年に博士号を取得しました。

ー ご趣味は?
オートバイ、タイムトライアルのサイクリング、そしてウェイトリフティングです。オートバイは父の影響が大きいです。父はスズキのハヤブサ(最高速200マイル)を所有していて、よく乗せてもらいました。

ー 日本とのご関係はいつ頃から?
博士号取得後、タタスチールで日系自動車メーカー向けの鋼材開発及び営業に勤しみました。それが私の日本との関係の原点です。日本のことはあまりよく知らなかったのですが、これまで研究者として多くの日本の論文を目にし、その研究の質にはいつも驚かされました。

テイラーさんが以前所有していたバイク、KTM SM

ー 来日する事になったきっかけは?
ある時、自動車業界が今後必要とする最先端の素材技術に関する研究により専念したいと、一念発起。同僚の紹介で日本学術振興会(JSPS)の外国人特別研究員制度に応募し、受け入れ先として、東京大学 生産技術研究所 柳本 潤 博士の研究室を希望し、申請が通りました。先生とはタタスチール時代から面識があり、ご研究に感銘を受けていました。妻と共にこのニュースに大変喜び、日本への渡航を決断しました。

ー 日本に住んでみた印象は?
研究者にとって、とても良い環境が整っていると感じます。特に私が専門としている炭素繊維複合材の分野は日本がリードしているので、世界どこを探しても今以上の場所は見付けられないでしょうね。   

ー テイラーさんの現在の研究について教えてください。
現在取り組んでいる研究は、大きく分けて二つあります。炭素繊維強化プラスティック(CFRP)の生産コスト低減とCFRPとアルミ合金等の他部材との接合技術及びその接合部における強度、耐腐食性の実現です。

自動車で重要な要素として、軽量化・対衝突性・低コスト化・低炭素化が挙げられます。これらの実現には従来の鉄鋼での車体生産ではなく、炭素繊維、チタンやアルミ等の材料を組み合わせた“Multi-Material Vehicle”対応の技術が必要となります。車両ボディーのいわゆる、マルチマテリアル化に向けた研究を行っています。これからは“Multi-Material Vehicle”の時代がやってきます。

テイラーさんの奥様と日本のご友人

ー 将来の夢を教えてください。
2年間の研究プログラムは始まったばかりなので、すぐにこれという事は決めていません。今は柳本先生の下で色々な貴重な経験をさせてもらい、吸収する時期だと考えています。これから、多くの日系企業とのコネクションも作っていきたいです。今後、共同研究開発の機会があれば嬉しいです。

あと、日本語を話せるようになりたいですね。異国に住む際、その土地の言葉・文化に触れることは、その地に住むことの喜びや感謝の気持ち、そしてその地の人に対する尊敬の意を表すことでもあると思うからです。

編集後記

今回のお二人のお話のように、ウェールズは日本のガイドブックにはまだ載っていない、驚きの歴史や絶景、学問やビジネスチャンスの宝庫。しかも、それはすべてファンタジーではなく、リアルなのです。

次号は2月15日に発行予定です。お楽しみに!

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