ウェールズの多様な産業を象徴するガラス芸術と医薬品|Wales Now Vol.41

発行日:2018. 5. 30

ウェールズのリアルタイムな情報を隔週でお届けします。


“ウェールズの自然や人々が創作活動の源泉に”


5月12日から20日まで東京で開催された女流ガラス作家展“Light Matters / Women's 13th International Glass Workshop”に、ウェールズから3人が出展しました。そのうち、実際に来日したクリス・バード-ジョーンズ(Chris Bird-Jones)さんとアンバー・ヒスコット(Amber Hiscott)さんに、制作活動の拠点となっているウェールズの魅力や日本の印象などについてお聞かせいただきました。

XXXXXXX

クリスさん(左)とアンバーさん(右)はスウォンジー芸術大学の同窓生。
旧知の間柄である二人がウェールズのガラス芸術を牽引しています

ー 来日は初めてでいらっしゃいますか。
クリスさん 日本で前回のワークショップが開催された1995年に初めて日本に来ましたから、2回目です。このワークショップは1988年5月にドイツとフランスで開かれた「12カ国36人のステンドグラス女流作家展」を契機に、そのうちの一部のメンバーたちがアイスランドで1回目の“Women's International Stained Glass Workshop”を開催し、その後、名称を“Women's International Glass Workshop”に改めて、各メンバーの国にそれぞれの作品を持ち込んで、ほぼ2年毎に作品展示や旅行などを共にして交流を深めてきました。パーソナリティや言語、スタイル、芸術表現、ガラスとの向き合い方、仕事のやり方などは、それぞれに異なっていますけれども、ワークショップを通じて、互いに刺激し合い、文化的な融合を図ることを目指しています。

ー 初めて来日された時、日本の印象はいかがでしたか。
アンバーさん 私も1995年に新宿でワークショップが開催された時に初めて日本を訪れましたが、地下鉄で切符の買い方や電車の乗り方が分からずに困っていたら、たまたま居合わせた皆さんがとても丁寧に教えてくださったり、案内してくださったりして、その親切なお気持ちが忘れられません。東京以外の地方にも行きましたけれども、カントリーサイドの美しい景観も印象深いものでした。日本は古い文化が残されている一方で、東京を船で観光した時に不思議な外観の建物も目にしましたし、未来的なウルトラモダンと伝統文化が共存していることに驚いたのを覚えています。

クリスさん 初来日した1995年当時は、まだ、英語を話す日本の方は少なかったように記憶していますけれども、二度目の来日となった今回は、東京がよりコスモポリタンシティになってきているという印象を受けています。特に、ワークショップの会場がある代官山は、様々な国の人々が住まわれたり、訪れたりするエリアと聞いていますが、エキゾチシズムを強く感じて「異郷の地」を訪れた印象が強かった前回の来日に比べると、極めて自然な居心地の良さを覚えています。あるいは、私自身も歳を重ねて、色々な国を訪れたり、様々な経験をさせてもらったりしてきましたから、私の受容性も大きくなっているのかもしれませんけれども。

XXXXXXX

ライフワーク的なモチーフであるスプーンをテーマにした作品“Spirit Spoons”を出展したクリスさん

ー ご自身とウェールズとの関わりについて、教えていただけますか。
クリスさん 私は1956年にウェールズ北東部のスランゴスレン(Llangollen)という小さな町に生まれ、4人の弟と鶏や羊に囲まれて育った後、18歳の時にスウォンジー芸術大学に入学し、ガラス芸術を専攻しました。

アンバーさん 私の両親はイングランド南西部の出身ですが、私が14歳の時にウェールズ南部の景勝地で牧羊でも知られるガウアー(Gower)に移住し、その後、クリスと同じスウォンジー芸術大学の建築ガラス学科に入学しました。

ー お二人は、ご同窓でいらっしゃるんですか。
クリスさん そうなんです。私には4人の弟がいますが、アンバーも3人の兄弟がいますし、お互いに子どもは女の子1人だったりして、育った環境や家族構成も似ているので、共通の話題が多い旧知の間柄です。

アンバーさん 今回のワークショップでも、10カ国の女流作家13人のうち、3人がウェールズから出展していることからもお分かりかと思いますが、スウォンジーは「ガラス芸術の聖地」とも呼ぶべき場所であり、スウォンジー芸術大学には、ガラス芸術を志す多くの学生が世界中から集まっています。今回のワークショップに出展している日本のガラス作家・山本幸子さんもスウォンジー芸術大学でガラス芸術を学ばれた経歴をお持ちです。

自身の作品“Sweet Water/Salt Water”を前に立つアンバーさん

ー それぞれの創作活動についても、ご説明いただけますか。
クリスさん 私の場合は、ガラス芸術家として制作活動を行う一方で、英国だけにとどまらず、世界各国の大学などで教育活動にも携わってきました。国際的な制作活動と教育活動を通じて、現在の自分が育まれてきたと考えています。2015年には、ウェールズ文化に貢献したことを評価していただき、ウェールズ創作大使というタイトルも与えられました。その同じ2015年に米国のハワイ大学で大掛かりな個展を開催する機会にも恵まれ、飛行機の風防や窓ガラスなどに使われるアクリル樹脂のプレキシグラスを積み重ねた作品の制作などにもトライしています。また、今回のワークショップには、私のライフワーク的なテーマでもある「スプーン」の作品も持ち込みました。自然や光は生涯を通じた伴侶ともいうべきものですが、私自身も山や海に溢れる光を愛してやみません。そうした自然や光とともに、私の人生における様々な人々との貴重な出会いにおける喜びなども、「スプーン」をモチーフにした私の作品には表現されています。

アンバーさん スウォンジー芸術大学を卒業した直後にエジンバラで開いた展示会で注目していただき、スウォンジーにスタジオを持つことができました。同時に、スウォンジー芸術大学で教壇にも立つようになり、クリスも私の講義を聴いてくれた学生の一人だったのです。1970年代の後半には、現在の主人と一緒に北米を旅行し、カナダのブリティッシュ・コロンビア州にあるヴィクトリアで結婚して、1979年から3年間はトロントに住んでいました。子どもが生まれることになり、子どもを育てるためにスウォンジーに戻って、現在まで主にウェールズをベースに制作活動を行っています。当初は、建築ガラスを中心とする制作活動でしたが、1990年代に入ってから公共施設などに展示される芸術性の高いステンドグラスの創作活動に軸足を移してきました。今後は、日本でも私の作品をみていただけるように取り組んでいきたいと考えています。

ー お二人が考えるウェールズの魅力を教えてください。
クリスさん 何と言っても、自然の美しさだと思います。さきほど、作品を制作する際のモチーフとしての「山や海に溢れる光」について話をさせていただきましたけれども、そうした「光の世界」だけでなく、例えば、「谷を覆う深い霧」なども想像力をかきたててくれるものですし、多様な自然景観の素晴らしさは、創作意欲をインスパイアする不思議な力を秘めているように思います。芸術家の制作活動にパワーを与えてくれるウェールズの自然の美しさは、もちろん、一般の旅行者の皆さんにも十分に楽しんでいただけるものでしょうし、感動ももたらしてくれるに違いないと考えています。

アンバーさん 自然に加えて、ウェールズの人々の素晴らしさも忘れてはなりません。子どもを授かった時に、子育てをするならウェールズしかないと思った訳は、人々の絆が強く残されているウェールズのような地域社会はなかなか見出せないと考えたからです。人間関係が希薄になりがちな都会で子どもを育てるのではなく、濃密で温かい人々の繋がりを感じることができる場所で子どもの成長を見守りたいと思ったのが、スウォンジーに戻った最大の理由でした。同時に、娘にはウェールズ語を話せるようになってほしいと考えていたことも理由のひとつです。ウェールズの文化は、ウェールズの人々がウェールズ語で育んできたものですから、日本の皆さんにも、是非、ウェールズの自然と文化、ウェールズ語に現地で触れてみていただきたいと願っています。

XXXXXXX

ウェールズの女流ガラス作家であるCatrin Jonesの作品“Citadel series”


“高付加価値で注目されるウェールズの製薬産業”


治験薬から市販薬にいたるまで、国際的に医薬品の受託製造事業を行うPCIファーマ・サービス。ウェールズ南西部のトゥリーディガーに生産拠点を構える同社マニュファクチャリング・サービス部門のロブ・ジョーンズ(Rob Jones)国際ビジネス開発部長に、ウェールズをベースに展開しているグローバル・ビジネスや生産拠点でもあるウェールズの魅力などについて語っていただきました。

PCIファーマ・サービスのロブ・ジョーンズ国際ビジネス開発部長

PCIファーマ・サービスの
ロブ・ジョーンズ国際ビジネス開発部長

ー まず、ご自身とウェールズとの関りについて教えていただけますか。
私自身はリバプール生まれですが、私の名前がウェールズ的なことからもお分かりでしょうけれども、祖先はウェールズ人だろうと思います。実際に、祖父は北ウェールズの出身でした。2004年12月からウェールズの企業であるペン・ファーマに勤務していますから、今年で14年目になります。

ー 今回はどういう目的で来日されたのでしょうか。
日本の製薬企業との商談を行ったほか、東京で開催された医薬品開発のための国際展示会に参加して、セミナーなどにも出席しました。毎年2〜3回は来日して、今日も同席していただいているペン・ファーマの日本でのエージェントである岩崎昌彦さんと一緒に仕事をしています。既に20年以上にわたって日本の製薬会社との取り引きがあり、日本市場の視察ということも来日目的の一つです。

ー PCIファーマサービスという会社についてご説明いただけますか。
PCIファーマサービスは、米国に本社を置き世界的に総合的な製薬関連事業を展開しています。治験薬、市販薬の一次、二次の受託製造、医薬品の包装等のデザインや供給管理などサービス内容は多岐にわたります。2010年代に入ってから、外国企業とのM&Aを通じて事業拡大を図る戦略を推進してきており、2014年にはウェールズの医薬品受託製造会社であるペン・ファーマを買収して、トゥリーディガーにある同社施設がPCIファーマサービスのマニュファクチャリング部門における拠点となりました。

ー ウェールズを拠点とする事業展開については、どのように評価されているのでしょうか。
ペン・ファーマという製薬会社は、もともと、1970年代に社名の由来ともなったバッキンガムシャーのペンという小さな町でウェールズ人によって創業されました。1980年代にはトゥリーディガーに移転し、それ以来30年以上にわたってウェールズを拠点に事業を展開してきています。ウェールズに拠点を移す際にはウェールズ政府による支援も受けたようですが、その後、段階的に事業を拡大していく時にもウェールズ政府の多大なサポートをいただいてきました。ご存知のように、南ウェールズはかつて、炭鉱や銅山など鉱業部門が主要産業として地域経済を大きく支えていた時代がありましたけれども、その後、産業構造が大きく転換する中で、付加価値の高い新たな産業として製薬部門への期待も高まっています。トゥリーディガーの生産拠点も、非常にハイテクな施設と設備が整えられており、ペン・ファーマは、高いスキルを伴う雇用機会を提供する企業として、ウェールズ政府はもちろん、地元の人々からも大いに注目される存在となっているようです。

ー そのウェールズの魅力については、どのように感じていらっしゃいますか。
ウェールズの人たちはとても親切で、独特のユーモアでも楽しませてくれますから、ウェールズの人々そのものがウェールズの魅力ではないでしょうか。地域社会における人々のつながりも強く、地域にしっかりと根差した伝統文化などにも、大きな魅力を感じています。音楽や詩、絵画などの芸術も素晴らしく、社員の多くも音楽に強い関心を持っていて、歌うことを楽しんだりしています。

ジョーンズ国際ビジネス開発部長(右)とペン・ファーマ社のエージェントを務める医学博士の岩崎昌彦氏(左)

ジョーンズ国際ビジネス開発部長(右)とペン・ファーマ社のエージェントを務める医学博士の岩崎昌彦氏(左)

ー ご家族やご趣味についても、教えていただけますか。
家族は妻と一男一女の子どもたちがいますけれども、子どもたちはもう社会人です。息子は環境学で修士号を取っており、自然が大好きな私の影響を受けているかもしれません。趣味は、ゴルフと2匹飼っている大型犬との散歩といったところでしょうか。

ー エージェントの岩崎さんによると、ロブさんご自身は、地質学の造詣も深く自然科学の博学ぶりには驚かされるということですけれども。
今回で17回目の来日となりますが、地方を訪れる機会がある時には、カントリーサイドでの散策なども楽しませてもらっていますし、野鳥や野生生物などを観察していると時間が経つのも忘れてしまいます。日本には、屋久島や知床半島など、世界遺産にも登録されている素晴らしい自然が残されていますから、いつか訪れてみたいと思っています。

|NEWS|

◎日本学生観光連盟との交流会で「ウェールズ」をアピール

ウェールズ政府によるプレゼンテーションに聴き入る
学生の皆さん

日本学生観光連盟(学観連)は5月20日、新浦安の明海大学キャンパスで日本旅行業協会(JATA)アウトバウンド促進協議会との共催で、英国ウェールズ政府日本代表事務所など5つの政府機関と政府観光局と学観連の学生との交流会を実施しました。
交流会には11大学の観光学科やホスピタリティ学科などから約100人の学生が参加。将来、観光業界や旅行業界、航空業界などで活躍することを目指す学生の皆さんは、政府機関や政府観光局によるプレゼンテーションやネットワークセッションなどを通じて、各国の関係者らと積極的にコミュニケーションを行いました。
学生など若年層に向けた英国ウェールズ政府による単独の観光プロモーションは今回が初めてでしたが、「連合王国」としての英国の歴史などを通じて4つの「国」の存在や「ウェールズ」への認知度の向上を図り、観光旅行や留学先としてのウェールズの魅力を直接アピールしました。
『不思議の国のアリス』や『きかんしゃトーマス』『天空の城ラピュタ』などのイメージからウェールズに親しみを覚えた学生も多く、“インスタ映え”の効果が大きいウェールズの象徴「レッドドラゴン」には、女子学生だけでなく男子学生も盛んにハグして、写真撮影も楽しんでいました。


◎世界最高峰の呼称に因むエベレスト卿はウェールズ出身

2018年5月29日は、1953年の同じ日にニュージーランドの登山家であるエドムンド・ヒラリーが人類初のエベレスト最高峰への登頂に成功してから65年目に当たりました。
そして、Caradog "Crag" Jonesがウェールズ人として初めてエベレスト登頂を果たしたのは1995年5月23日で、今から23年前のことです。Jonesは当時、33歳の青年登山家で、奇しくもヒラリーが初登頂に成功した時と同じ歳でした。
さらに、それから12年後の2007年5月24日には、Tori Jamesがウェールズ人女性として初めてエベレスト登頂に成功し、25歳だった彼女は英国人女性としても最も若くして世界最高峰を制覇しました。
ウェールズとエベレストの関係は、ヒラリーの初登頂よりも古い19世紀にまで遡ります。1790年にウェールズのクリックハウエル(Crickhowell)で生まれ、インド測量局の局長も務めたジョージ・エベレスト卿は、1830年から1843年までインド各地の測量調査を行っていましたが、1847年11月にエベレスト最高峰の標高が確定した際、インド測量局のAndrew Waugh局長は前任者の名前に因んで最高峰を「エベレスト」と名付けたのです。
エベレスト卿は当初、自分の名前が最高峰の呼称となることに反対したと伝えられますが、1865年には英国の王立地理学会(Royal Geographical Society)が「エベレスト」の呼称を採用する決定を下し、日本人にも馴染み深い世界最高峰の呼称としてエベレスト卿の名前が現在にいたるまで使われることになりました。

編集後記

国際的にも高い品質を追求することで知られる日本マーケットで、ガラス芸術作品や治験薬などウェールズからの輸出品目の今後の動向が注目されます。

次号は6月15日に発行予定です。お楽しみに!

バックナンバー一覧

ページ上部へ戻る