草の根に広がるウェールズと日本を結ぶ「永遠の絆」|Wales Now Vol.40

発行日:2018. 5. 15

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“ウェールズ文化の真髄は、ウェールズ語とウェールズの人々”


ウェールズ留学時代の
小池准教授

大東文化大学でウェールズ語を教える同大学文学部英米文学科の小池剛史准教授。大学生の時にウェールズの大学に留学してウェールズ語を学んだことが、ご自身の人生とウェールズとの長く深い関わりの第一歩となりました。ウェールズ語とウェールズ文化への深い造詣を持つ小池准教授に、ご自身がウェールズに寄せる熱い思いやウェールズの魅力について語っていただきました。

ー 小池先生とウェールズとの出会いについて、教えていただけますか。
桜美林大学3年生の時に中部ウェールズの大学町であるランピター(Lampeter)に1年間留学したのが、初めてのウェールズでした。ウェールズへの留学は大学の国際交流担当の教員が決めたもので、自分の意思ではありませんでしたけれども、様々な出会いや人々の優しさが自分の人生をウェールズに向かわせてくれることになりました。

ー なぜ、ウェールズ語を学ばれようとお考えになったのですか。
まず、ランピターの大学の科目の中で、桜美林大学からの留学生が履修できる科目は限られていました。つまり、(1)外国語としての英語の科目、(2)宗教学科の科目、(3)ウェールズ語を含むウェールズ学科の科目、という3つに固定されていたため、それに応じた授業をとっただけで、自分からウエールズやウェールズ語を学ぼうと考えたわけではなかったのです。ウェールズ学科の教育課程での授業は、ウェールズ語入門をはじめ、ウェールズの歴史、文学、文化などでしたが、大学のあったランピターの町の人々の多くがウェールズ語を母国語として話していましたから、大学で習ったウェールズ語を直ぐに町中で使うことができました。

ウェールズのランピターにある聖デイビッド校

ー ウェールズ語を学ぶには、素晴らしい環境だったわけですね。
歌が好きだったこととキリスト教に関心があったことなどから、町の教会(イギリス国教会)の聖歌隊に入って、毎週日曜日にはウェールズ語の讃美歌を歌い、ウェールズ語の説教も聞いていました。また、教会の牧師さんが大学のウェールズ語の先生で、礼拝の後、毎週のようにお宅に招いていただいて、昼食を御馳走になっていました。留学時代にこうしたウェールズとウェールズ語にどっぷり浸かる1年間を過ごしたことが、自分の人生をウェールズに向き合わせる決定的な要因になったと思います。

ー 現在は、大学だけでなく、カルチャー教室などでもウェールズ語を教えていらっしゃるわけですが、ウェールズ語の研究を深めていく契機となるような出会いもあったのでしょうか。
留学期間中に、たまたま、ランピターに滞在されていた金城学院大学の水谷宏先生と偶然出くわし、食事にも招いていただいてウェールズのお話を色々とお聞かせいただきました。水谷先生は、日本語で書かれた最初のウェールズ語学習書『毎日ウェールズ語を話そう』(大学書林、1996年)の著者で、日本におけるウェールズ学、ウェールズ語の第一人者でいらっしゃいます。食事をご馳走になりながら、ウェールズ語のお話をさせていただいたら、先生は、ウェールズの歴史やウェールズ語の方言などについて説明してくださいました。その頃、私はウェールズ語をかなりマスターした気分になっていたのですが、先生の見識に驚いたものです。水谷先生が日本におけるウェールズ研究の権威で、四半世紀にもわたってウェールズ語の研究をされている方だと知ったのは、留学を終えて帰国してからでした。

恩師・水谷宏先生(左)との
貴重な出会い

ー 水谷先生には、その後もご指導を受けられたのですか。
卒業まで半年という時点で日本に戻った私は、大学院に進んでウェールズ語の勉強を続けるべきか、それとも、別の道を歩むべきか、将来について戸惑いを感じていました。思い悩む中で、まだランピターにいらっしゃった水谷先生に「日本の大学でウェールズ語を勉強できるところはあるのでしょうか」と手紙を書いて送ったのです。一週間も経たないうちに先生から届いた返事には、「今の日本でウェールズ語を研究できる大学も大学院もないし、ウェールズ語の研究では食べていけないから、英語学が学位を取って大学の教員になりなさい」と書かれていました。そこで、私は獨協大学の大学院に進み、英語学、特に、英語の歴史を専攻し、修士課程と博士課程を修了したのです。大学院時代には月に一度、金城学院大学のある名古屋に通い、水谷先生にウェールズ語研究の指導を受けていました。

ー 小池先生の目にウェールズの人々はどのように映っていらっしゃるのでしょうか。
明らかに美化し過ぎかもしれませんが、聖書の言葉を借りるなら「蛇のように賢く、鳩のように素直な」人々ではないでしょうか。ウェールズは、イングランドという大国の隣にあり、大英帝国が拡大する前の段階で、最初に植民化された国です。16世紀以降、イングランドの言葉や法律を受け入れつつも、したたかに言葉をはじめとする文化の独自性は維持してきました。同時に、ウェールズ人は、キリスト教に根差した人間的な価値観も持っています。17世紀から19世紀にかけて、ウェールズにはイギリス国教会とは一線を画す非国教徒の人々が質素な建物のチャペルに集まり、ウェールズ語の説教に聴き入り、ウェールズ語の讃美歌を歌い、自らの解釈でキリスト教を咀嚼し、生活の中に取り込んできました。現在も、「平和主義」「兄弟愛」「許し合う心」といった伝統的なキリスト教の価値観が、ウェールズの人々の優しさに受け継がれていると思います。私自身にも、留学時代に牧師さんの家族からいただいたデリス・メディというハープ奏者が演奏しながら歌うカセットテープを聴いた時の鮮烈な思い出が残っています。

デリス・メディ(Delyth Medi)

収録されていた歌のメロディーに取りつかれた私は、知り合いのご夫婦のお宅に行って歌詞を知りたいと話したのですが、カセットテープの音楽を聴いたご主人は、ワルド—・ウィリアムスというキリスト教徒の平和主義詩人による「平和を作る人々」という詩のコピーを私にくれました。デリス・メディがハープで歌うためにメロディーをつけたのが、この詩だったのです。ワルド—・ウィリアムスが第二次世界大戦当時、爆撃を受けて燃え上がるスウォンジーの町を遠くから眺めた記憶をモチーフに作られた詩は、両親に教えられた「兄弟愛」や「許し合うこと」「キリストは信じるすべての人々に自由を与えてくださる」といったメッセージも、これからの世界では耳を傾ける人がいなくなってしまうのではないか、という大きな不安が綴られたものでした。

ー 小池先生がお考えになるウェールズやウェールズ語の魅力をお聞かせください。
ウェールズ文化の真髄は、ウェールズ語であり、ウェールズ人の一人一人だと思います。そして、優しさや他者を心から迎える温かさなど、ウェールズ人の魅力の根底には、キリスト教の伝統的価値観があると考えています。私の世代は、ウェールズとの接点は偶然の出会いがもたらすケースが多かったけれども、今は、ウェールズについて書かれた日本語の書籍が数多く出版されており、ウェールズについて学んでから目的意識をもってウェールズを訪問することができます。日本各地に少ないながらも存在する私たちウェールズ研究者たちが力を合わせて、ウェールズ文化の真髄を分かりやすい平易な日本語で伝えていきたいと考えていますが、ウェールズに何らかの魅力を感じていただいたら、是非、現地に足を運んでいただきたい。そして、片言でもいいから、現地の人々とウェールズ語で言葉を交わし、ウェールズの人々を肌で感じていただけたらと切に願っています。

ー 熱い思いが込められた貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。


“ウェールズと日本の交流に貢献できる「架け橋」に”


カレッジズ・ウェールズ(Colleges Wales)で13のウェールズの継続教育機関をとりまとめているクレア・ロバーツ(Claire Roberts)さん。日本での留学経験やウェールズに進出した日本企業での勤務経験なども持つクレアさんにとって、日本は「第二の故郷」です。ウェールズ語と英語、日本語の“Trilingual”を自称するクレアさんに、日本への思いやウェールズの魅力などについて語っていただきました。

ー まず、クレアさんの簡単な自己紹介をお願いします。
出身は北ウエールズのポシャリという町です。ウェールズ語で「塩のプール」という意味ですけれども、埋め立て地なので、そのような名前が付いたのでしょう。スウォンジー(Swansea)のマンブル(Mumbles)に住んでいたこともありますが、現在は、カーディフ市内で暮らしています。6歳と9歳になる2人の息子はフットボールが大好きなので、子ども達と一緒に試合に出かけたり、大忙しです。趣味は、息子達のフットボールの試合を観ることと、ジョギング、旅行、アウトドアといったところですね。

ー カレッジズ・ウェールズでのお仕事についてご説明いただけますか。
ウェールズは教育制度について権限が委譲されており、カレッジズ・ウェールズは職員10人で構成される公益団体で、その運営費の半分はウェールズ政府の補助金です。その活動目的は、ウェールズにおける継続教育制度の認知を高めて、職業訓練の環境整備を行うことにあります。ウェールズでは、高校卒業後に大学ではなく継続教育機関に進学し、16歳以上の学生が職業訓練を受けて必要なスキルを習得し、スムーズに就職できるようサポートが行われています。各教育機関がそれぞれに特徴のあるプログラムを提供しており、食品や航空機、再生可能エネルギー、原子力発電、海洋エンジニアリングなど多岐にわたる分野でのスキルを身につけることができるのです。カレッジズ・ウェールズに勤務する前は、The Welsh Language Boardで10年間、ビジネスでのウェールズ語の使用促進活動に従事していました。私自身はウェールズ語も話しますが、自称“Trilingual”です。ウェールズ語は、“Language of My Heart”、英語は“Communication Language”、そして、日本語は“Language of my interest”というような説明をよくしています。

ー 日本とのご縁はどのように始まったのでしょうか。
父親がロータリークラブのメンバーで、そのお付き合いの関係から17歳の時に大阪の日本人家庭で1カ月ほどホームスティをさせていただく機会がありました。その初めての日本での滞在経験の時の印象がとても強くて日本が好きになり、進学したシェフィールド大学ではビジネスと日本語を専攻しています。在学中には、関西外語大学にも6カ月間、交換留学生として来日しました。シェフィールド大学卒業後はTEFL(英語教師資格)をスウォンジー大学で取得し、日本で英会話スクールに就職しました。

ー 17歳で初めて来日した時、日本の最初の印象はどのようなものでしたか。
素晴らしい食文化や素晴らしい人々に感動し、若い人がよく英語を話すことにもびっくりしました。暑い気候や家が密集していることも印象に残っていますが、神社仏閣や日本建築などの日本文化も強く記憶に刻まれています。

ー ウェールズに進出した日本企業でお勤めされたこともあるとお聞きしました。
南ウェールズのニースバレー(Neath Valley)に設立された豊田工機と米国TRW社のジョイントベンチャーであるTOYODA TRW Steering Pumps(現・JTEKT AUTOMOTIVE UK)に社長秘書として勤務し、社長の鳴海さん(Tadさん)と日本人駐在員6人の皆さんと一緒に仕事をさせていただきました。日本の英会話スクールで教師をしていた時に、従妹のボーイフレンドが偶然、職場で豊田工機とTRWの合弁会社がウェールズで設立される情報を知り、私が新しい会社で秘書として雇われることになったのです。Tadさんは、とても尊敬できる上司で、社長としての資質はもちろんですが、何よりも印象的だったのは、会社が投資先として決めた土地を深く知りたいと、積極的に地元の人たちと交流し、社員のこともとても気にかけてくれていました。当時の従業員たちは、Tadさんのことを“Welsh man from Japan”と呼んでいたほどです。現在も多くの日本企業がウェールズに拠点を設けていますが、Tadさんのような人たちが現在のウェールズと日本の関係の礎を築いてくれたからこそだと強く感じています。私はTadさんの娘であり、Tadさんは私の父親のような存在で、今でもTadさんのご家族とは仲良く交流させていただいています。

ー 日本を良く知るクレアさんの目には、ウェールズと日本との共通点はどんなところにあると映っていらっしゃいますか。
古いものと先進的なものの両方が好きで、新旧それぞれに価値を見出して、それを愛でるといった辺りではないでしょうか。ウェールズでも古いものを大切にする一方、新しいものを取り入れて共存させています。それから、意外なところですけれども、ウェールズ語の母音は日本語の母音と同じ発音で、「あ」「い」「う」「え」「お」と発音します。英語では、“A(エー)”“E(イー)”“I(アイ)”“O(オー)”“U(ユー)”となります。ですから、私にとって、日本語はとても発音しやすい言語なんです。

ー 今後の夢や目標をお聞かせください。
早く、また、私にとっての「第二の故郷」である日本へ行きたいと思っています。現在の仕事の延長線上にもなりますが、ウェールズと日本の交流に貢献できる「架け橋」のような存在になりたいと考えています。

ー どうも、ありがとうございました。

▼Colleges Wales公式サイト
http://www.collegeswales.ac.uk

|NEWS|

◎消防車と救急車にウェールズ代表の応援サイン
ラグビーW杯で事前キャンプを受け入れる北九州市

 2019年9月に開幕するラグビーワールドカップ日本大会に出場するチームの公認キャンプ地に内定した北九州市では、同市が受け入れるウェールズ代表を応援しようとウェールズの象徴である「レッドドラゴン」をあしらった応援サインが、同市消防局の消防車と救急車に掲示されています。
同市では、北九州市立大学とウェールズの大学が長年にわたって交歓留学を続けるなど交流も活発に行われてきたことから、ラグビーが「国技」であるウェールズの代表チームに絞って誘致活動を続けてきていました。
同市は、ウェールズ代表チームによる事前キャンプの実施に関連して、地域的な盛り上げや機運醸成などを目的に、大会本番の1年前から数回にわたる交流プログラムも実施する予定です。


◎特別展「ウェールズの中の日本−デザインが結ぶ絆」
カーディフ国立博文館で6月16日から9月9日まで

ウェールズの首都・カーディフの中心部にあるカーディフ国立博物館で、6月16日から9月9日までの約3カ月にわたり、特別展「ウェールズの中の日本−デザインが結ぶ絆」が開催されます。
ウェールズ各地に残る17世紀以降の日本の美術工芸品などを集めた大規模な特別展は、日本の文化庁と日本各地の博物館も協力して実現するもので、日本から送られる展示品の中には、400年前に制作された「百鬼夜行絵巻」や18世紀の江戸の景観を描いた「江戸図屏風」など、英国で初展示となる作品も含まれています。
特別展の開催期間中には、「七夕祭り」(7月7〜8日)、「お盆 ファミリーワークショップ」(8月14〜16日)、講演「茶道と日本庭園」(8月18日)などの関連イベントも実施される予定です。

▼カーディフ国立博物館
https://museum.wales/cardiff/japanese/

▼特別展「ウェールズの中の日本−デザインが結ぶ絆」
https://museum.wales/kizuna-jp/

編集後記

偶然の出会いから長い時間をかけて紡がれる「永遠の絆」。ウェールズと日本の交流を草の根で支える人々の熱い思いの尊さを思い知らされます。

次号は5月30日に発行予定です。お楽しみに!

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